夕方頃訪れた夏の雷雨で地面は湿り気を帯びている。
そこらじゅうに生えている雑草が濡れていてそれがサンダルの隙間からのぞく素肌に触れると、むずがゆさとともにぐちゃぐちゃと気持ち悪い感触になっていた。それでも構わず蛍太(けいた)は走っていた。
時折振り返り繋いだ手を握り直す。
必死について来る少女の抗議の声もいつしか止んでいて、白い頬に朱が差し苦しげな呼吸をしていた。
「蛍太!」
「もう少し!」
泣きべそのような声を聞いて焦りながら蛍太は方角を間違えていないか、あらかじめつけておいた印を確認し先を急ぐ。
時は夜。
早い家なら夕飯も終わり、眠りに就くまでのゆったりとした時間を過ごしているであろう時刻。子供であればあと一時間ほどで布団へ向かう頃。
本来であれば子供の中に入る蛍太も親の帰宅が遅いのをこれ幸いと、祖父の目を盗んでこっそり家を出てきていた。
そしてあばら屋から、うとうとしていた少女を連れだし、竹林の中を蛍光色を目印に走っている。
昼間のうちにセットしておいたその数を思い出しそろそろだろうと走り抜けると、一気に視界が開け涼しい風が吹き抜けた。
ちょろちょろと流れる川の音が蒸し暑く火照った体に染み込み、心を落ち着かせる。
何度か深呼吸をしているとうるさいほどの鼓動も元に戻っていった。
「もうっ、なんなの。急に走って」
怒った少女が未だ繋がれていた手を振りほどき、蛍太を睨んでいる。
「上」
言葉と共に指で示した方角を少女は訝しげに見上げ、途端に「わぁ」と歓声を上げた。
「きれい」
思わずこぼれたという少女の溜め息に、蛍太はほっと一息つくと同じように空を見上げた。
街明かりのないせいか、蛍太の家で眺めるより星の数が多いように思える。
帯状の星の連なりが伸び、存在を示すように煌めいていた。
「昔見たときはあちこちに散らばってるだけだったよ」
「あれは天の川っていって、この時期の晴れた日にしか見られないんだ」
「天の川?」
「恋人だった織姫と彦星がひきさかれて、年に一度だけこの川を渡って会えるんだって」
「ふぅん。人間って話を作るのが好きなのね」
蛍太のかなり端折った話にとくにつっこまず、ただ頷いて少女は首を回した。
「ずっと上見てたから疲れちゃった」
そう言って川へ近寄った少女が「あ!」と短く叫んだので、蛍太も近づく。
「見て! 川にも星がある」
「それは空が映ってるんだよ」
「……?」
「鏡知ってるよね?」
「……??」
おそらくよくわかっていない少女に蛍太もなんと説明すれば伝わるのかわからず、ただ息を吐いた。
「というか、ほたるは天上に住んでたんだから天の川とか見てないの?」
「う〜ん……よくわかんない。いつも明るいから見えなかったのかも」
少女は首を傾げた。肩までそろえられた髪がふわりと揺れ、爽やかな香りが仄かに鼻をくすぐる。蛍太は思わず顔を背けた。
「けーた」
くいくい、と袖を引っ張られ仕方なく顔を向ける。
暗闇だとわかっていても、顔が赤くなっている自覚のある蛍太は見られたくなかったのに、少女は全く別の方向を見ていた。
視線の先にはゆらゆらと揺らめいて明滅する小さな光がある。
「蛍だ」
「わたし?」
「ちがうって。わかってて言ってるだろ」
けらけらと笑う少女の頭を小突くと「けーたのばーか」と拗ねて離れてしまった。
蛍太が慌てて追いかけて謝れば、まるでわかっていたかのように笑い許される。
どちらからともなく繋がれる手。もう離れないように、蛍太はぎゅっと力を込めた。
「ほたる」
「ん?」
「キレイだね」
「うん」
二人肩を並べて飛び立つ淡い光を見つめる。それは星の旅立ちのよう。
蛍太の言葉に含まれたもうひとつの意味を少女は知ることなく、そんな二人が織り成す夏のひとときを星々は見つめていた。
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